江戸風俗浮世絵

職業と仕事

江戸時代の職業といえば、ご存知のとおり士農工商の身分制度による階級制があり、もちろん職業選択の自由というものはありませんでした。

ひとことに商人と言っても様々な商売がありますし、当時の庶民は1日に何時間ぐらい働き、どれくらいの休みがあったのでしょうか?

士農工商と言ってしまうと4種類の職業しか無いように感じてしまうこともありますが、職人や商人も今でいう自営業のようなかたちで働いている者も多く、非常に個性的な職業も多かったと思います。

人口の約80パーセントといわれる農民も、天候が荒れれば家で藁細工をするなど、その時々の状況に合わせて仕事をしていたようです。

そのな庶民の仕事について、意外な一面をご紹介したいと思います。

現代人は働き過ぎ?

もちろん職業によっても異なりますが、やはり農民は日の出とともに起きて仕事をして、日の入りとともに仕事を終わらせるというのが基本です。

では大工などの職人はというと、朝7時から夕方5時ぐらいまで働いていたようです。これだけ聞くと10時間も働いていたように感じますが、長い休憩を3回ぐらいとるのが普通で、実質8時間程度だったようです。さらに日が短い冬などは、4時間ぐらいしか働かなかったという記録もあります。

庶民から医者に出世?

現代ではお金持ちの代名詞ともいえる医師。なんと江戸時代には、誰でも医者になれました。

当事は国家試験があったわけではなく、医者と名乗れば医者だったのです。ヤブ医者も非常に多かったのですが、それでも庶民は診てもらえないぐらい高額な報酬を請求しました。もちろん患者が入らなくて潰れてしまうことも多かったようですが。

有効求人倍率100パーセント?

町人が江戸の町に住むには、女性や子供、隠居以外は何かまともな職業に就いていなければならないというきまりがありました。

ただ、本人に働く気があれば仕事が無いということはなかったようです。仕事は長屋の大家がみつけてくれたり、口入れ屋という職業斡旋所のようなところもありました。

当時は工場などの機械化なんてことはありませんし、安いながらも仕事はたくさんあったのですね。今で言えば、有効求人倍率100パーセントというところでしょうか。

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